「アフロになりたい」と言っていたら、本家に左フックをもらった

石垣島の港で、金色のボクシンググローブが頬に当てられた、照れた表情のアフロかつらの男性店長のマンガ調イラスト。 奥の間へようこそ

具志堅用高に、左フックを浴びました。

もちろん、本物のフックではありませんが。
一般人がくらうことはそうそうない、貴重な一発を浴びてきました。

昨日の日曜日。
港で、ある募金イベントがありました。

「島の子ども応援まつり」。
八重山の子どもたちが、県大会や全国大会に出場するときの、派遣費用を集めるおまつりです。

その募金をすると、どうなるか。
なんと、具志堅用高本人と、写真が撮れるという石垣島ならではのイベントでした。

しかも、本人だけじゃない。
すぐ横には、具志堅の銅像が立っている。
本人と銅像、ダブル具志堅と撮れてしまう。

ワールドカップも日本の大勝でご機嫌のまま、暑い日差しの中を自転車こいで港に行ってみました。

港には、けっこうな人だかりができていました。
私の前に150人ぐらい。列は全部で200人から250人ぐらい。
やはり、さすが具志堅。これ全部写真撮るのたいへんそう。

6月の石垣島は、アフロ月間

ここで、特に島外の方には少し説明がいります。

実は今、6月の石垣島は「アフロ月間」です。
いや、まじめに。

元WBA世界ライトフライ級世界王者・具志堅用高。
今年、古希をむかえます。つまり70歳。
そして、世界王座を獲ってから、ちょうど50周年。
具志堅用高といえばアフロ。

それを記念した地域活性化イベントが、6月いっぱい開かれています。
名づけて「アフロ月間」。
私もアフロのづらを買って厨房に立とうかな、とおもったのですが、アフロに火が引火することを想像して怖くなったので、やめときました。

今回の募金イベントは、その「アフロ月間」と「子ども応援まつり」のコラボでした。
募金して、具志堅と写真を撮る。
しかも、アフロのづらもレンタルさせてもらえます。
そういう、石垣島ならではのイベントだったわけです。

ちゃんと前フリしときましたよね?

ここで、いつも読んでくださっている方に言いたい。

最近このブログで、私は書きました。
「アフロになりたい」と。

前回は、こんな話も書きました。
「有名人に出会った話」。

その二つが、今週一気につながった。
アフロになりたいと言っていた男が、アフロのづらをつけて日本中が知る元チャンピオンに出会う。
狙っていたわけではないんですが、きれいに伏線回収されました。

どうせなら、もらっとこ

せっかく写真を撮るんです。
ただニコニコ並んで撮るだけでは、もったいない。

みんなファイティングポーズでにっこり並んでポーズするなか、私は、お願いしてみました。
「左フックを、私の顔面に入れてください」と。

アントニオ猪木に、ビンタしてもらうようなものです。

チャンピオンは、笑って応じてくれました。
そして、軽く左フックを顔面にそえてくれた。
というわけで、私はあの黄金の左を、顔面に浴びたのでした。
浴びた、というか、もらいにいったんですけどね。

それが下の写真。

グシ・ケンは強かった

ところで、具志堅用高。
たぶん、私ぐらいの年齢から上でないと、現役時代をご存じないと思います。

チャンピオンだったのは、私が小学生のころ。
戦えば勝つ。また勝つ。とにかく、強かった。

私は、福島の小学生です。
沖縄の苗字には、まるでなじみがありませんでした。

だから、ボクシング好きの兄貴から初めてその名前を聞いたとき。
もちろんこう理解しました。

グシが苗字で、ケンが名前。
そしたら兄貴に、こっぴどく馬鹿にされた。

えーっ、そんな名字があるの!?
最近(でもないが)では、「ビヨンセ」が違和感ある名前ですが(だって「ビヨン」の後に「セ」はおかしいでしょ。なんとなく)、そのぐらいの衝撃でした(たいしたことないかもしれませんが)。

ある意味、私と沖縄との最初の出会いでもありました。

兄貴にとっては、ほぼ神

ボクシング好きの兄(現在65歳)にとって、具志堅は、神だったそうです。
おっさんたちにとって、そのぐらいロマンあふれる存在だった具志堅。

この写真、兄に見せたところ、かなり羨ましがっていました。

石垣市のフェイスブックにも載ったようです。
思いがけず、とても良い思い出になってしまいました。

企画してくださった方々。
そして、具志堅さん。
本当に、ありがとうございました。

あつっもちっ 水ギョーザ

「お昼はスパイスカレー、夜はスパイスバル」のトラベラーズカフェ朔より。人と犬の顔と名前が覚えられない店長ハンザワ♂がお届けしました

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