梅雨は、なんだか、だるい
このところ雨ばかりです。
体がなんとなく重い。
そんな日が続いていました。
そこへ、常連の外国人のお客様が現れました。
石垣島に住んでいる方です。
見ると、こんなTシャツを着ています。

「飲食店の人はみんな着た方がいいよ」だって。
これから夏は忙しくなります。
みなさん、頑張りましょうね。
一応言っとくと、あのTシャツ、これの↓パロディですよ。

検索してはいけなかった
昨日は次男が夜のバイト。
長男と三人で、軽く食べに行こうとなりました。
さて、どこにしようか。
たまには普通の検索ではなく、YouTubeで探してみることに。
「石垣島 ラーメン」と入れてみます。
なるほど、いろんなYoutuberの方が丁寧に動画にまとめている。
感心しながら、そういえば、、、と「石垣島 カレー」と検索。
いろんなお店が紹介されています。
ところが、うちの店が一向に出てこない。
トラベラーズカフェ朔、YouTuberに人気ないなあ。
そう思っていたら、ようやく一本出てきました。
それは、九年前に私が自分で作った動画でした。
そのまま下へスクロールしていく。
どんどん私の作った動画が出てきます。
視聴回数、六回。二回。
当時はまだYouTuberなんてほとんどいなくて。
なんとかお客さんを呼ぼうと、たくさんつくったんですが、、、まあ、ようやく時代が当店に追いついたってことか。。。ふふ。
当店の動画は置いてけぼりですが、、、。
今となっては、ただただ恥ずかしい。
例えばこちら↓
そのうち、まとめて削除するつもりですので、怖いもの見たさのある方は、今のうちにどうぞ。
行列で、思い出すのは
その前の週の日曜日には、初めてすき家の石垣島店へ。
以前は、車がなかなか入れない、と聞いていたので、行くのをやめていたんですが。
思い切って行くと、なんとか駐車できました。
牛丼を三つ持ち帰り、おいしくいただきました。
誰だって、行列は好きじゃないと思います。
ただ、私たち夫婦が忘れられない行列があります。
インドネシアでのことです。
国営のペルニ船という、フェリーに乗ろうとしていました。
ジャカルタから、国境の島まで三十時間の船旅。
港へ行けばチケットは買えるだろうと、のんきに構えていました。
そこにはすでに超大勢の人が待っていて、ボンジョヴィの東京ドーム公演かと思うぐらいの人が待っていて、チケットはどこへ行っても売り切れ。
そうすると どこからか ボンジョヴィのライブのように、ダフ屋が近寄ってきて僕らにぼったくり価格でチケットを売りつけてきます。
他にないのでやむなくそれを買い、乗船開始を待ちます。
インドネシアの炎天下で乗船をまだかまだかと待っていると、ようやく動きが。
見ると、船から人が降りてくる。
さきほど着いたばかりなのか、お客さんが大勢降りてきます。
降りても降りても、まだ降りてくる。
はてしなく降りてくる。
一度降りた人がもう一度乗って、ぐるぐる回っているのかと思うぐらいに降りてくる。
その間もずーっと日陰もない港で待たされ続けます。
三十時間後の世界
ようやく、ようやく乗船開始。
ふらふらになりながら、だいぶ後ろのほうでようやく乗り込めました。
ところが、ベッドがあるところはすでにどこもかしこも 埋まっています。
場所取りの仕事で金を得ている人たちがいて、ベッドを売ろうとしてくるんですが、それも嫌だったので、僕らは自分たちの場所をどっかに確保するために下の階、下の階へとどんどん降りて行きました。
ほとんど 船底の方でようやく、ようやく場所を確保。
といっても廊下の隅です。部屋とかじゃないです。
それでもやっと座れる、とうれしくなりました。
人間簡単に基準値を下げて幸せになれるもんです。
ところが、近くにいたインドネシア人が 「そこへ座るなら金払え」とふっかけてきました。
ちっちゃな幸せを感じていたのに、、、。
くたびれ切っていた私は、ついにブチ切れて「ざぁけんじゃねえぇぇぇ! ビタ一文払うかぁぁぁぁ!」と怒鳴り返したら、彼らはめんどくさい外人だと思ったらしく、その後は言ってきませんでした。
一応言っときますが、インドネシア人は総じて温和でいい人たちなんですが、人が集まるところにはこういう人が一定数現れるんですね。
夕食。
食堂と思われる場所に行くと、またまた超行列。
この船には一応定員というものはあるんでしょうが、船底までびっしりの船は、定員の何倍もの人を乗せていることは想像に硬くありません
その人たちが、一斉に1箇所の食堂めがけて行列。
待っても待っても自分たちの食事には ありつけない。
途中にはこのことを見越して 果物売りが待ち構えています。
クソ!誰が買うか(涙目)。
ようやく 配膳の場所が見えてきました。
トレイが積み上がっています。
トレイにはすでにご飯が盛り付けられています。
つまり、上下のトレイの間にご飯がはさまれて、それが何段も積み重なっている。
もう、細かいことを考えるのはやめよう。
きっと私は、牢屋とかに入れられてもすぐに順応しちゃうタイプなんだろうな。
まさにそれはほとんど 囚人の扱いでした。
ようやく手に入れたのは、押しつぶされたお米に鶏肉とガドガドと呼ばれる温野菜。
食べるところを探しに 甲板に出ると、甲板の上も人、人、人。
やむなくそのまま立って、スプーンもないので、手づかみでご飯にかぶりつきましたよ。
見ると、甲板の手すりの外側に出て飯を食っている家族もいたりして、彼らの衛生観念やら安全観念やら全く日本の常識からは遠い遠いもので、今更ながらめまいがするような強烈な体験でした(インドネシア人はいい人たちです)。
こうして三十時間後、ようやくシンガポールへ。
「ショーシャンクの空に」かよ、という解放感。
水餃子麺にビールで乾杯のシンガポールの夜でした。


「お昼はスパイスカレー、夜はスパイスバル」のトラベラーズカフェ朔より。人と犬の顔と名前が覚えられない店長ハンザワ♂がお届けしました

