石垣島20年のリアル!台風13号の恐怖

奥の間へようこそ

🌀 今回の台風、意外と平穏でしたね

こんにちは!トラベラーズカフェ朔の店長♂ハンザワです😊

台風7号、8号がやって来る!なんて騒がれていましたが、蓋を開けてみれば海での遊びは別として、普段の暮らしにはほとんど影響がありませんでしたね。


🌪️ 台風にも「通り道」がある?

台風って面白いもので、その年によって通り道のようなものがなんとなくあるんですよね。だから何度も同じような進路で、同じ地域が被害を受けたりします。

進路から外れた年は、「あ、一回来たかな?」程度の影響の少なさです。逆に、毎週のように次から次へとやってくる年もあります🌀

🏝️ 石垣島の台風、実際のところは?

石垣に住んでいると、本土の人たちからは真っ先に「台風大変でしょう💦」なんて心配されるんです。

でも石垣に20年近く住んでいる私の肌感覚では、進路から外れる年のほうが多いなと感じています。


📅 2005年移住、そして運命の2006年

私がこちらに移住してきたのは2005年の11月でした✈️ 初めて台風の季節を経験したのが2006年。

移住して最初の台風時期を迎える私たちが、移住を後悔するほどの巨大な台風に見舞われたんです。

台風13号…まだ朔を始める前のお話です⚠️


🏨 ホテル勤務時代の恐怖体験

そのころは、とあるホテルに勤めていた私。夜勤でフロント業務を担当していました🌙

台風が来ることは当然知っていたのですが、まさかあれほど猛烈なものがやってくるとは思っていませんでした。

なぜあんなに油断していたんだろうと振り返ると不思議なんですが、当時はまだインターネットを使って詳しい台風情報を調べるということがなかったからかもしれません。今みたいに気象情報が手軽に見られなかった時代でした📱

💨 風速69メートルの恐怖

深夜にかけて風速69メートルの暴風が吹き荒れました

夜が明けてからも暴風は続いて、目の前で駐車場のレンタカーがゴロゴロと転がっていくんです🚗💨 隣の車とぶつかる光景を、ただ呆然と眺めていました。


😢 愛車との別れ

私も車で通勤していたんですが、勤務が終わって帰ろうとすると車がない😱

数十メートル離れた金網に横倒しになって引っかかっていました。その車は東京でキッチンカーとして一緒に働いてきた、思い出の詰まった愛車でした🚚💔 結局、廃車になってしまいました。

廃車となった朔号

🏘️ 街の壊滅的な被害

街の様子は本当にひどかったです…

そこら中のマンションの給水タンクが下に落ちて、信号機は曲がって、プレハブの建物は跡形もなく飛んでいきました。白保から先は電柱がずらりと倒れている写真が新聞に掲載されていました💦 シェル石油の看板は、貝殻の部分だけスポロガムのようにくり抜かれていたのが印象的でした⛽


🚗💔 台風後の生活

しばらくの間、修理もできずに段ボールで割れた窓を塞いで走る車をたくさん見かけました📦 私が住んでいた大川中心部はすぐに電源も復活して、水もとまりませんでしたが、白保方面は断水が続いて、生活もままならない状態だったようです💧

料理長♀は、その夜一人で家にいました。歪んで割れそうになっていた窓ガラスの恐怖と一晩中戦っていたそうです😰 私の勤めていたホテルの寮では、窓ガラスが割れて救急車を呼んだとのこと。


🤔 あの体験があったから今がある

そんな台風13号を移住最初の年に経験してしまって、これから先こんな場所で暮らしていくのかと呆然としました。

でもあれほどの台風は、あれ以来やって来ていません✨

だからこのところの台風は正直いって全然何ともないですね😌

もちろん備えは大切ですし、油断は禁物🛡️

2006年の体験は確かに衝撃的でしたが、今となってはこの島で生きていく上での貴重な経験だったと思っています。あの時の恐怖も、今では懐かしい思い出の一部です💭

石垣島での台風体験、皆さんはどう感じますか?🤗


以上、人と犬の顔と名前が覚えられない店長ハンザワ♂がお届けしました🐕

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